2014年06月10日

戦前ポスター 三ツ矢・金線

さて、暑い日がふえてきましたね。

暑くなってまいりますと炭酸飲料などが恋しくなるわけですが。
炭酸と言えばサイダー、サイダーと言えば三ツ矢。

というわけで、三ツ矢サイダーは今年でブランド生誕130周年だそうです。

三ツ矢サイダー
夏で水着でサイダーで

さて、このポスターの年代を知りたかったのですが、はっきりとした製作年が判りませんでした。
およその年代を推定する手がかりは「金線サイダー」と言う文字、ということになります。

金線サイダーは1899年(明32)横浜発祥のサイダーです。
製造していた金線飲料株式会社は、大正十四年に三ツ矢サイダーを作っていた日本麦酒鉱泉株式会社と合併して兄弟ブランドとなり、さらに昭和八年に大日本麦酒株式会社との合併により三ツ矢サイダーに統合されると言う経緯をもちます。

ですからこのようにポスターの中で三ツ矢と金線が並記されるのは、1925年(大正14)から1933年(昭和8)の九年間ほど、という事になりそうです。

正確な製作年をご存じの方は、教えて下さいませ。


金線サイダー
金線サイダー


大日本麦酒

1906年(明治39)から1949年(昭和24)まで存在した大日本麦酒は当時シェア約7割、アサヒもエビスもサッポロも、あとユニオンビール、サクラビール、カブトビールなども吸収しておりました。


三ツ矢サイダー

おめでとう130年
 



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2014年05月19日

宝塚廿年史、近代デジタルライブラリーで

さて、ブログのネタがない時は国立国会図書館近代デジタルライブラリーに頼むシリーズ、ですけども。

今回は今年100周年を迎えるという宝塚関連を。

まずは昭和八年、宝塚少女歌劇団出版による「寶塚少女歌劇廿年史」

寶塚少女歌劇廿年史
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1234678/3

大正二年から昭和八年まで、歌劇団最初の二十年の記録ですね。

寶塚少女歌劇廿年史02

この本のいいところは、全てのページに写真が入っているところ。

寶塚少女歌劇廿年史03

文字ばかりのページを読むのは大変ですからね。
とかいいながら、ちゃんと読んでないんですけど。

寶塚少女歌劇廿年史04

それと、二十年間の年譜、各公演演目、主な演者などが記録されています。
これは結構な資料ですね。


宝塚少女歌劇団 絵葉書

たとえばこんな解説のついた絵葉書の写真を某雑誌で見つけたとして、これはどんなお芝居だったのだろうと思った時に、この本で調べてみますと、

猫の舞踏会

なるほどこれは大正14年10月月組公演、お伽歌劇「猫の舞踏会」のトミとセラーなのだな、と判ずる事が出来るわけです。
判ったからどうという事はないんですけども。


さて、もうひとつは「寶塚グラフ」
昭和11年創刊の月間機関誌です。
近代デジタルライブラリーでは昭和12年度分12冊が公開されています。

寶塚グラフ
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1109593/3

ライブラリーでは昭和13年出版となっていますが、12年度版の合本を13年に出版したという事のようです。

表紙を見て行きますと、
葦原邦子、轟夕起子、櫻緋紗子、春日野八千代、三浦時子/橘薫、楠かほる、昇道子/響千鈴、月野花子/秩父晴世、佐保美代子/久美京子、難波章子、櫻町公子、春日野八千代
となっています。

寶塚グラフ

寶塚グラフ

グラフ誌ですから写真がいっぱい、宝塚ファンならばぜひとも購読したい「寶塚グラフ」は、

宝塚GRAPH

現在も「宝塚GRAPH」として刊行中ですよ。

祝100周年

 
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2014年05月06日

町田隆要 その2

さて、戦前ポスター、町田隆要作品その2です。

蜂印香竄葡萄酒(1912)
蜂印香竄葡萄酒(1912)

蜂印香竄葡萄酒(1923)
蜂印香竄葡萄酒(1923)

蜂印香竄(こうざん)葡萄酒は明治十四年発売の甘味葡萄酒。
神谷傳兵衛氏が製造し、近藤利兵衛商店が発売を担当しました。
蜂印香竄葡萄酒にはきれいなポスターがたくさん残っていますが、近藤利兵衛によるこうした販促やマーケティングによって、この商品は全国的な人気商品となりました。

上の2枚のポスターは10年ほど時期に差がありますが、年代によるイメージの違いが表れていますね。


カブトビール(1924)
カブトビール(1924)

カブトビールは愛知県のビールブランド。
この名で存在したのは明治31年から昭和18年まで、東海地方ではおなじみの銘柄だったそうです。


東京電気サイモトロン(1925)
東京電気サイモトロン(1925)

サイモトロンはラジオ用真空管。
このポスターにあるマツダのUV-199とUV-201Aは、大正14年ラジオ放送開始とともに発売が開始されました。
真空管は現在でもオーディオ方面などで需要があり、オークションなどで流通しているようです。



教育歴史画 天慶の乱
「天慶の乱」平貞盛俵藤太秀郷等朝命を奉して将門を誅す
町田信次郎(1903)

これは明治36年の教育歴史画。
町田信次郎名義の石版画です。
初期の商業ポスターも石版印刷でした。


関連記事:

戦前ポスター 町田隆要

 

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2014年04月27日

四天王寺にて

四天王寺 2014/04

26日の土曜日に行ってました。

最近はあまり真剣に本を探すことはないんですけども。

まあ天気良かったし、散歩してきた感じですかね。


たいしくん

今回は「たいしくん」に遭遇。

たいしくんは、大阪府太子町のキャラクター。

現在四天王寺では『聖徳太子御絵伝特別御開扉』公開中だそうです。
 

2014年04月20日

四天王寺古本祭りは25日から

もうそんな季節になっておりましたね。
春の古本祭りは今月でした。

四天王寺春の大古本祭り

第12回 四天王寺春の大古本祭り
日時:平成26年4月25日(金)〜4月30日(水)
場所:四天王寺境内
時間:午前10時〜午後5時 
※最終日は午後4時まで

ということです。

 

2014年04月14日

続 細木原青起

2011年の5月に、当ブログに於いて細木原青起氏の記事を書きまして、その中で細木原氏の著作「日本漫画史」が青空文庫作業中と紹介しましたが、
その後青空文庫よりも先に国立国会図書館の近代デジタルライブラリーや、Googleブックスで無料閲覧できるようになっていましたのでお知らせしておきましょう。

日本漫画史
日本漫画史 細木原青起(1924)

近代デジタルライブラリー
Googleブックス(口絵カラー)

鳥羽僧正を起点として、日本史の中でのいわゆる漫画的な美術作品の経路を綴ってゆく、的な感じでしょうか、ちゃんと読んでないですけど。

 


近代デジタルライブラリーでもうひとつ、
「面白文庫」という少年少女向きの遊びやゲームを紹介する本の中に、付録として細木原氏の絵を使った「買物合せ」というのがありました。
これは昔のカードゲーム、「家族合わせ」と呼ばれるもので、以前三越の時にも「衣装合せ」というのをご紹介しましたね。

面白文庫
面白文庫 小学生全集編輯部 編(1927)

買物合せ 細木原青起画像クリックで拡大

買物合せの部分

買物合せの部分

買物合せの部分

さすがに漫画家たる細木原先生、家族合わせもキレイで面白いですね。

ライブラリーでは4分割になっていますがJPEG表示する事も出来ます。
100%で表示するととても大きくなりますので、細部を見たい人や、出力して実際に遊んでみたい人はいかがでしょう。

「買物合せ」
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1717315/149-152

 
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2014年04月01日

展覧会×2

婦人画報 大正16年1月号
婦人画報 大正16年1月号

婦人画報 大正15年11月号
婦人画報 大正15年11月号

カルピス 広告
カルピス 広告

さて、これらの絵はかつて当ブログに掲載しました武井武雄氏のお仕事です。

そんな武井武雄先生の展覧会が開催中なのでお知らせしておきましょう。

武井武雄生誕120年記念全国巡回展
武井武雄生誕120年記念全国巡回展

武井武雄の童画作品を中心に、刊本作品、版画作品などを一堂に紹介する全国規模の展覧会。ということです。

3/26-4/06 島屋日本橋店
4/23-5/05 島屋横浜店
5/08-5/19 島屋京都店
8/06-8/18 島屋大阪店
8/23-9/28 石川県小松市立宮本三郎美術館
最新情報などは、イルフ童画館のサイトでご確認ください。
http://www.ilf.jp/news/archives/000276.html


さらに、展覧会もうひとつ。

令女界 昭和9年10月号
令女界 昭和9年10月号

令女界 昭和11年11月号
令女界 昭和11年11月号

こちらは蕗谷虹児による令女界の表紙。

蕗谷虹児氏も戦前挿絵界には欠かせない一人ですね。

令女界 口絵
令女界 口絵

彩色も良いけど、線画もキレイなんだ。


郵政博物館開館記念特別展 - 少女たちの憧れ - 蕗谷虹児 展
郵政博物館開館記念特別展 - 少女たちの憧れ - 蕗谷虹児 展

大正・昭和にかけて少女雑誌の挿絵などで活躍した人気作家 蕗谷虹児の雑誌、絵本の原画や詩画集など、初期から晩年までの厳選した作品・資料を大きく4 つのテーマに分けて紹介。だそうです。

5月25日まで。
郵政博物館
http://www.postalmuseum.jp/event/2014/01/fukiyakoji.html

春は展覧会で、いかがでしょう。
 
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2014年03月13日

剣戟大会1928

本日は戦前映画ポスター、時代劇映画特集ほぼ1928年で。

鳴門秘帖 1927
鳴門秘帖 日活(1927)

錦絵風、文字もキレイでいいポスターですね。
これは1927年、第七篇は最終篇です。

谷崎十郎
主演の谷崎十郎はアメリカ生まれ。
第二の阪妻として売り出された二枚目です。

吉川英治原作の鳴門秘帖は人気作で、日活以外にもマキノ映画、東亜キネマとの三社競作となりました。

当時は競作映画が多かったようで、以前紹介しました「砂絵呪縛(すなえしばり)」や、丹下左膳登場の「新版大岡政談」など、人気小説は同時期に数社が競作していたようです。


新版大岡政談 1928
新版大岡政談 日活(1928)

そんな「新版大岡政談」の日活版。
写真は大岡越前と丹下左膳の二役を演じた大河内伝次郎です。
やはりマキノ、東亜との競作でしたが、ここは日活の圧勝で、以来丹下左膳は大河内先生の十八番となりました。

新版大岡政談
「新版大岡政談」日活


崇禅寺馬場 1928
崇禅寺馬場 マキノ・プロダクション(1928)

崇禅寺馬場は大阪を舞台にした仇討ち物、戦前だけで8本も映画化された人気題材です。
正博・山上・光明のトリオ、なんて書いてあります。
下の字も読んでみましょう。

辛辣な皮肉と風刺を以つて聞へたる山上伊太郎得意のシナリオ、
彗星の如く現はれて天ヶ下を驚倒しつゝある若き名監督正博の是又得意の腕を奮つた名篇これぞ見逃すべからざる映画……

となっています。

崇禅寺馬場
「崇禅寺馬場」マキノ・プロダクション


天下太平記 1928
天下太平記 千恵蔵プロダクション(1928)

天下太平記は片岡千恵蔵設立の千恵プロ第一回作品にして稲垣浩の監督デビュー作。

昭和10年には「戦国奇譚 気まぐれ冠者」というタイトルで、原作脚色の伊丹万作によりトーキーでリメイクされます。

戦国奇譚 気まぐれ冠者
「戦国奇譚 気まぐれ冠者」千恵蔵プロダクション
主演は同じく片岡千恵蔵。


江戸三国志 1928
江戸三国志 日活(1928)

こちらも吉川英治の人気小説。
秘宝をめぐる冒険活劇、みたいな感じです。

河部五郎
主演の河部五郎は日活のスター、似顔絵双六にも登場していましたよ。

同時上映「人の一生」人間万事金の巻、も面白そうだ。

ではまた。
 
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2014年03月01日

メトロポリス

METROPOLIS 1927

さて、メトロポリスといえば、1927年に公開されましたドイツ映画。
SF映画の原点ともいえる名作として映画史に刻まれておりますね。

日本での公開は、二年後の1929年、昭和四年となります。

METROPOLIS日本公開版

こちらは日本公開時の和製ポスターです。
よく見ると、右上から斜めにメトロポリスとカタカナが入っています。
でも読みにくい、デザイン的には認視性が悪い、とか言われてしまいます。

元になったのはこの図柄。

METROPOLIS 1927

METROPOLIS 1927

このシーンですね、人造人間発動。

METROPOLIS 1927

メトロポリスのポスターにはいろんな種類があります。
どれもみなカッコイイですよ。


ところで、この1927年公開の映画「メトロポリス」はすでに著作権が失効してパブリックドメインとなっています。
YouTubeでも全編を見ることが出来ています。

METROPOLIS 1927

おすすめは最新の150分版
https://youtu.be/rGgon2YeISw

日本語字幕はありませんが、予習して見れば大丈夫だいじょうぶ。
 
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2014年02月12日

冬季五輪 1928,1936

冬季オリンピック開催中。

がんばれニッポン!ということですね。

さて、我が国の冬季オリンピック史は、1928年、スイスのサンモリッツ大会から始まります。

サンモリッツ大会 1928 ポスター

昭和三年の事です。
冬季オリンピックとしては第2回大会、第2回から出ていたんですね日本。
参加25ヶ国中ヨーロッパ以外では、カナダ、アメリカ、メキシコ、アルゼンチン、日本、ということになっています。

サンモリッツ大会 1928

開会式、選手宣誓をしているのはハンス・アイデンベンツ選手。
日章旗も見えますね、旗手は高橋昴選手。

サンモリッツ大会 日本選手団

日本選手団、総勢7名
左から、永田実 竹節作太 麻生武治 矢沢武雄 伴素彦 高橋昴の各選手、そして役員の廣田戸七郎氏です。
ジャンプの伴素彦選手は北海道大学、それ以外は早稲田大学スキー部だそうです。
留学中の麻生武治氏以外は、シベリア鉄道での欧州入りでした、大変でしたね。

成績は思わしくなかったようで、一番の好成績がクロスカントリー50Kmでの永田実選手の24位というものでした。

麻生武治選手いわく「今後に備えての見学が主目的」だそうで、しかしこれはけして負け惜しみだったわけではなく、彼等が持ち帰った本場の競技体験は、その後の我が国のスキー技術の向上に大いに貢献した、という事です。

麻生氏は4年後の第3回レークプラシッド大会の日本選手団監督として再び五輪に挑む事になります。


ところで、今回もフィギュアスケートにメダルの期待が集まりますが。

フィギュアスケート競技で日本人が初めてオリンピックに挑戦したのは、1936年(昭和11)ドイツのガルミッシュ・パルテンキルヒェンで行われた第4回大会でした。

稲田悦子選手 1936

あら可愛らしい、この方が我が国初の冬季五輪女子選手、稲田悦子嬢、当時12歳だそうで、今も残る五輪最年少記録です。

ガルミッシュ・パルテンキルヒェン大会 フィギュアスケート

右から2番目、ひときわ小さな稲田選手、日の丸付いてます。

稲田悦子選手衣装

この衣装は、国立競技場スポーツ博物館に展示されていますよ。
写真:JOCホームページ

結果は26人中10位、がんばりました。

この大会で三連覇を果たした当時の女王ソニア・へニー(ノルウェー)をして「近い将来必ず稲田の時代が来る」と言わしめたとか。

当時のオリンピックは、夏季大会と冬季大会は同じ国で行われる慣習があったそうで、東京オリンピックの開催が予定されていた1940年には、札幌冬季大会も予定されていました。
稲田選手にメダルの期待が寄せられましたが、日本でのオリンピックは夏冬ともに開催される事はありませんでした。

札幌大会 1940

日本が冬季五輪に復帰するのは1952年のオスロ大会で、稲田さんは28歳、現役を引退した年でした。

その後は指導者として、若い選手を育てていたそうです。

「五輪は参加することに意義があるなんてうそ。本番のたった一回のチャンスに成功し、一位にならなくちゃ」

なんて言葉を残したそうです。
カッコイイ。

稲田悦子選手とカール・シェーファー

ガルミッシュ・パルテンキルヒェン大会にて
男子金メダリスト、カール・シェーファー(オーストリア)と

がんばれニッポン!
 
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