2011年03月04日

昭和2年ー12年の街撮り

さて昭和前半期の街撮りシリーズ
今回は昭和2年と12年、その間十年の比較という趣向のようです

「この間十年経過〜銀座の流行〜」
アサヒグラフ 昭和12年6月30日
という記事から

どちらが2年でどちらが12年か
このブログの読者なら、写真だけでわかるはずっ
ですかね


昭和2−12年の街撮り01
流行を批判しようなぞと云う大それた気持は更々ないつもりながら、こうして並べて見ると、十年の足取りが一眼で分るのも面白い。
まさかお通夜の帰りでもなさそうなのに、揃いも揃って眠たげなお顔容。
蚊帳みたいな薄ものがひどく街を風靡して、桜田の旦那連の神経を尖らせたのも、思い起せば十年の昔、この頃、手を組んで歩くのは子供連れか、あんまさんに限ったもの……女人同士で腕を組み、足並揃えての闊歩なぞ……容姿以上に派手な気質のかわりかただ。

昭和2−12年の街撮り02
アッパパと云う簡単服にちょいと薄化粧したほどの洋装ながら、当時はこれでも大いに尖端を行ったスタイル、帽子に流行を見せたところがミソらしいが、凡そスカートの風色に至っては、ただもう暖簾の代用をつとめるのみ。
このお嬢さん達も、今頃はもういゝお母さんにおなりのこってしょう。

昭和2−12年の街撮り03
クララ・ボウと云う露出好きの女優さんが、全世界の男性をダーとさせた余震が、いろいろに形をかえて現れた当時の超モダーン・スタイル。
椎茸みたいな種痘の跡を、臆面もなく二の腕に現したところなぞ、どれほどに若者の気分を掻き乱した事やら……

昭和2−12年の街撮り04
ヘルメットのようなでかい帽子も当時の流行なれば、内股で小股で遊ばせ言葉も、あの時代の娘さん風俗にはつきものゝ気どりかたの一つ。

昭和2−12年の街撮り05
云わずと知れたあの懐かしい耳かくし。
折角の福耳を蒸れくさいタボ毛の底にかくし、まあいゝお恰好ですことゝばかり、互いに白目で賞めそやしては独り悦に入ったのもはや十年の昔。


ということで
いずれも左2年、右12年という事になっております

こうして並べてみますと、なんとなく流行の違いがわかる気がしますね

2011年と2001年ではどうなのでしょうか
何年も同じ服を着ている私などには、区別がつかないかもしれません
 
posted by nakaco at 09:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 昭和前半期
この記事へのコメント
はい、もちろんわかりました(^^)

スカートの形など洋服も微妙に違いますが、帽子の形にいっそう違いがはっきり表れていますね。
2年と12年というより、1920年代と30年代の違いという感じですかね。
大正と昭和といってもいいかも(昭和2年といえば前年はまだ大正ですものね)

>椎茸みたいな種痘の跡を、臆面もなく二の腕に
とか
>折角の福耳を蒸れくさいタボ毛の底にかくし

あいかわらずの辛口コメントですね。
私はどの写真もおしゃれで素敵だと思いましたが。
Posted by アネモネ at 2011年03月05日 13:31
>アネモネさん
こんばんわ

なるほど、確かに大正と昭和の違いだと見ると分かりやすいですね
なんとなく大正時代というと、繊細な少女趣味、といったイメージがあります
四組目などはそんな感じですね
「少女世界」と「婦人公論」ぐらい違いますからね(それは分かりやすいのか?)
Posted by NAKACO at 2011年03月05日 21:50
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