2010年03月14日

真赤な封筒

前回に引き続き的な、流行歌のお話

「真赤な封筒」は昭和12年灰田勝彦が歌いましたコーラスとの掛け合いが楽しい愉快な曲ですが
歌詞の在処をネット上で探しておりますと、作曲がハワイ民謡となっている所を多く見かけました
後にドリフターズがカバーしますが、そこでも作曲ハワイ民謡となっています
ところがこの歌はインディアナポリス出身のAlbert Von Tilzerという人の作った「Oh By Jingo!」というアメリカのポップスソングなのだそうです
Albert Von Tilzerはアメリカの野球場で歌われる事でおなじみの「Take Me Out to the Ball Game」(私を野球に連れてって)を作った人でもあります

奇しくも灰田勝彦もその後和製Take Me Out to the Ball Gameともいえる「野球小僧」を歌う事になります
なんという因縁(それほどでもないですけど)

灰田勝彦
灰田勝彦

その「野球小僧」は灰田自身が主演をつとめた映画「歌う野球小僧」(昭和26)の主題歌ですが、その映画に当時毎日オリオンズの別当薫選手が出演しています
別当選手はその前年に大阪タイガースからパ・リーグのオリオンズに移籍して多くのタイガースファンを落胆させました
お金で引き抜かれたとしていまだに根に持っている年配の阪神ファンもいるそうです
私も大阪生まれの阪神ファンですが、そんないきさつを知る年代でもありませんし、現役時代も知りませんが、当時の写真などで見る、このロイド眼鏡をかけたスマートなスラッガーの姿が嫌いではありません

別当薫
別当薫

絵本昭和の流行歌の「野球小僧」は、そんなオリオンズ時代の別当選手をモデルとして描かれているというわけです

て、あれ「真赤な封筒」の話やったのに
まあいいですか
では、「真赤な封筒」の原曲でも

初めて歌われたのは1919年、ブロードウェイのショーだったそうです
例の(何が例かわかりませんが)洒落男の作者、フランク・クルミットが1920年に歌ったものを聴いてみましょう


Frank Crumit

"Oh By Jingo!" Frank Crumit 1920
posted by nakaco at 12:07| Comment(3) | TrackBack(0) | 本家サイト関連
この記事へのコメント
NAACOさん

私の手元にあるビクターのLP「日本の流行歌史」の解説書を見てみたら、ちゃんとティルザー作曲となっておりました。
「この曲は、モアナ・グリー・クラブの当時、ステージでうたって人気を呼んでいた、明るくって陽気なハワイの曲で・・・」
と、ありますから、いつのまにかハワイ民謡と誤解されてしまったのでしょうかね。

「歌う野球小僧」は数年前にCSで観ました。
灰田勝彦は戦前「秀子の応援団長」ですでに野球選手の役をやっていますね。そういえば「ハナ子さん」や「銀座カンカン娘」にも出てるしけっこう映画出演が多いですね。

ところで「真っ赤な封筒」の原曲聴いてみたいのですが、今日我が家のPC、音が鳴りません。
原因不明なのですが時々スピーカーのマークに赤い×印がついて・・・
今度PCの調子がいい時に聴いてみます。
Posted by アネモネ at 2010年03月15日 00:43
>アネモネさん
こんにちは

灰田勝彦はたしかに映画の仕事もたくさんしていますね
じつはレコードデビューの翌年にはすでに映画俳優契約をして銀幕デビューも果たしていたそうです
なんとなく印象としては主演女優の相手の二枚目青年役というイメージがあります
当時は日系二世のスマートな見た目がかっこよかったのかもしれません
いや今見てもカッコイイですけど
Posted by NAKACO at 2010年03月15日 12:30
いつも楽しく観ております。
また遊びにきます。
ありがとうございます。
Posted by 履歴書の封筒 at 2010年08月02日 11:45
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