2012年05月16日

昭和11年の日食

さて、今月21日に日食が見られるそうです。
ほぼ全国で皆既日食が見られるとか。
東京で金環食が観測できるのは173年ぶりだそうですよ、天保十年、天保の改革、水野忠邦も見たのでしょうか、日食。

昭和前半期でいえば、昭和11年にも日本で皆既日食が見られたそうです。
本日はそんな写真。

日食 1936-1

銀座で日食観測
望遠鏡をのぞく人、後ろは松屋ですね。


日食 1936-2

大阪、岸和田の小学校。


ともに昭和11年6月19日、外国からも観測団がいくつも来日しました。
観測用の小さな色ガラスは5銭〜10銭、とてもよく売れたのだそうですが、今ではこういう色ガラスやスス付きガラスなどで見るのは危険だとされていますよ。


老中樣からのお達し。

水野忠邦


天気が良ければいいですね。
 
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2012年05月09日

尖端女性職業〜漫画篇

最尖端女性風景P1

最尖端女性風景P2

以前「◯◯ガール登場す」という記事で、昭和初期頃に新しく生まれた女性職業を紹介しましたが、今回はその漫画篇。
文章も興味深いので抜き出してみました。


最尖端女性風景01
一、女車掌
職業戦線のトップを切る無数の彼女たち。
彼女たちは巷に突進する。
合言葉(スローガン)はGO! STOP! それからALL、RIGHT!
『ネー、A車庫の連中と来た日にゃ腰ぬけにも程があるワ。婦人部の戦闘的なのに煽動(アオ)られてどうやら動いてはいるんだけどーー』
『フム。ダラ幹の種は尽きねェーーおっとどっこい三ガロンでストップだ!』

最尖端女性風景02
二、ショップガール
きらめく大百貨店の事務(ビジネス)は彼女達のお化粧の時間さえおしむ位、でも今日の人出は、全く‥‥頭がくらくらしてーーと、最小抵抗線の彼女A、B、Cは、トイレットの鏡に向って泣きたくなる。
でもここは私達のオアシス。
口紅のあせたのをつくろう間も、家に待ってる妹とあの人と、ランデヴーの約束のことなど思いは万華鏡のようにーー。

最尖端女性風景03
三、ダンサー
春の街は明るいペーヴメント。
夜風はワルツを偲ばす。
早びけのホール帰り。
電気広告塔は橋と街角に挨拶する。
『マア、珍しいこと。フロリダのN子さんはあんたが来ないんで、当時メランコリアだってーー。
ね、お安くないでしょう。時にホット・レモナードでも飲みましょうよーー』
『ヘエー。そう出られては、おごらざるを得ずです。』

最尖端女性風景04
四、タクシー・ガール
宵の町では彼女を拾う為に紳士が眼を輝かす。
この時代のチャムピオンはあまりたくさんは無いようだ。
ハンドルを握りしめた手は一九三〇年の彼方を行く。
鏡に写ったお客はほろ酔い。
幾組かが彼女を見やりつつ消える。
それ程勇敢な風景だ。
ともすればそれは女を否定していると思わす位にーー。

最尖端女性風景05
五、若きローザ
職業と云うにはあまりに非職業的職業。
コムソモルカなんて、それはロシヤの話でしかない筈だから。
われらの若きローザは今手を真黒にして組合で謄写版を刷ってる。
『アラ。お尻が邪魔ですってば。そんなにおいしい焼芋なら一つ頂戴!分派主義(セクト)は清算されてるんじゃないのーー』

最尖端女性風景06
六、マネキン・ガール
季節のショーウインドゥ・マネキン・ガールは悲しい生ける人形だ。
彼女は今時(タイム)との雄々しい競争者。
誰だって、ヘロデ王でさえ彼女を眺めることしか出来はしない。
薄紅にほのかな頬、黒いまつ毛。
だが青春は彼女にとって何と倦怠(アンニュイ)であるよ!


これを描いた須山計一という人は、漫画家で洋画家で、それぞれの評論家で研究者で、みたいな人です。
漫画評論においては我が国の第一人者として多くの著作があるそうです。

この漫画が描かれた1930年には日本プロレタリア美術同盟書記長。
つまり左翼の人ですね。
この漫画もおそらくプロレタリア系の雑誌等に掲載された物かもしれません。
若きローザとか、コムソモルカとか、きっとそういう読者には理解できたのでしょう。

昭和の初め頃は、いわゆるモボ、モガ、モダニズムやエログロ・ナンセンスなどが多く語られますが、一方でプロレタリア文芸や傾向映画など、社会主義活動も盛んな時代でした。

西條八十は「東京行進曲」の歌詞の中に「長い髪してマルクスボーイ、今日も抱える赤い恋〜」という一節を入れました(後に変更)、いつの時代も風俗としての思想主義というものがあるのかもしれません。

「銀座はうつる」
これは流行としてのマルクスボーイを風刺した漫画。
「銀座はうつる・マルクスボーイとエンゲルスガール」下川凹天(しもかわへこてん)昭和4年

もちろん取締りも厳しく、須山氏も治安維持法で懲役を受けた経験者だそうです。
大変な時代ですね。


映画「東京行進曲」劇団「カジノ・フォーリー」小説「蟹工船」はそれぞれ昭和4年(1929)という同じ年に生まれています。
この年代のカオス感に興味は尽きませんね。


日本漫画100年―西洋ポンチからSFまで
日本漫画100年―西洋ポンチからSFまで (1968年) 須山計一
 
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2012年05月01日

四天王寺古書市 2012 春

四天王寺古書市 2012 春

時折突風な午後でした。

本を読む時間も最近はあまり無いので、探すのもいい加減になります。

面白そうな本はあるんですけど買えない。


3日までやっています。
天気が不安。
 

2012年04月22日

デパート開店す

さて、本日はまたポスターで。

大正末から昭和の初めにかけての百貨店のポスターです。


松坂屋1922
松坂屋いとう呉服店
大正11年、上野店の売り出し。

三越1925
三越呉服店
大正14年、本店修築・新宿分店落成記念。

丸菱1925
丸菱百貨店
大正14年、東京丸の内ビル内に開店。
初めて月賦販売を行なったデパートだそうです。

白木屋
白木屋
和洋折衷建築のデパートとしては明治36年開店の白木屋が日本最初なのだそうです。
震災後は昭和6年に日本橋本店全館落成。
火災は翌7年の暮れです。

伊勢丹1933
伊勢丹
昭和8年、新宿店開店。

東横1934
渋谷東横百貨店
昭和9年、開店記念。
現在の東急百貨店東横店ですね。

高島屋
高島屋 
東京店は昭和8年開店。
これはなにか艶かしい絵柄。

大丸
大丸呉服店
このポスターの年代不明。
ちなみに社名から「呉服店」の文字が取れるのは昭和3年だそうです。


昭和4年に西條八十が作詞しました「東京行進曲」の中でも、

「かわる新宿 あの武蔵野の
月もテパートの 屋根に出る」

なんて歌われております。

そのころのデパートは、まさに新しい時代の象徴だったのかもしれません。

一方でこんな漫画も

「目覚しい百貨店の進出」池田永一治

昭和5年、池田栄一治(いけだえいじ)という人が描いたものです。

デパートの進出で、付近の小売店は大変、いろんな意味で日当り悪し、という内容ですね。

このへんはどうも現在とあまり変わらないようです。
 
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2012年04月15日

資料本8

さて、今回は海外のイラスト事典を2冊。


The Macmillan Visual Dictionary

まず「The Macmillan Visual Dictionary」は1992年に出版されたヴィジュアル事典。
表紙に書かれているように、3500点もカラーイラストが載っています。
それが全部綺麗で細密でとても解りやすい。

The Macmillan Visual Dictionaryから


例えば帽子のページ、カンカン帽もありますよ、お、正ちゃん帽も、stocking capっていうのかあ、という感じ。

もっと見たい人は、現在こちらのサイトで

visual.merriam-webster.com/
「Visual Dictionary Online」


見ることが出来ます。

visual.merriam-webster.com/から
Visual Dictionary Onlineの画像

オンラインヴィジュアル事典ですが、イラストはこの本で使われたものを用いているようです。
6000imagesとなっていますから、さらに増えているのでしょうか。
良い時代になったものです。



The Complete Encyclopedia of Illustration

もう一冊は「The Complete Encyclopedia of Illustration」

こちらは1851年に出版されました図版百科事典を原本にした復刻版だそうです。
当然新しい絵はありません、しかし図版は細密なエッチングでかなりリアルです。
動植物などは充分資料になりますが、資料というにはもったいないような古色蒼然ぐあいです。

The Complete Encyclopedia of Illustrationから

1800年代の欧州の軍装、「ブン大将」の動画を作った時に参考にしましたよ。


どちらの本も厚さ4.5〜5センチぐらいあって、ずっしりと重いです。

本は重いほど値打ちがあるとか思っている私のような者にはマコトに有難い書物。

しかし、こういうイラスト事典や図鑑などは、役に立ちますし見ていても楽しいのですが、やはり重いだけにお値段も重い。
いつ使うか判らない物をそうホイホイとは買えやいたしません。

ということで、これらの本はどちらも古書店で求めた物です。
上の「The Macmillan Visual Dictionary」は1500円でした。
日本語版もあったのですが、英語版の方が安かったです。
「The Complete Encyclopedia of Illustration」の方は、何軒かに同じ本があったうち一番安いのを買って、1000円でした。

このように、古書を買うときは何軒か廻るといいですね。
でもそんなの大変、ウロウロするのしんどいし、だいいち古本屋ってどこにあるのさ?

という方のために。

ホイ来た、今年も。

第10回 四天王寺春の大古本祭り

第10回 四天王寺春の大古本祭り
4月28日(土)〜5月3日(木)
今年は4月の末からですよ、特集は「リメンバー1960年代」だって。

当節はネットで探してポチッと注文、という方法が簡単ですが、現物を手に取ればこそ、思わぬ発見!なんてのがあるかもしれません。

関係者でも何でもないんですけど、近所だし、いつも行ってるので今回もお知らせしておきます。
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2012年04月12日

今年の桜 2012

今年もなんとか桜を見ることが出来ました。

これは大阪市東住吉区、今川にかかるその名も撫子(なでしこ)橋から。

今年の桜 2012-1

いつもの事ですが、カメラが非力ですね。
なんだか昭和30年代の学習図鑑みたいな色合いですけど、今日の写真ですよ。


今年の桜 2012-2

こちらは平野白鷺公園。
場所は平野区ではなく、東住吉区。
昨日の雨で花びらが絨毯のように。


特に桜を見にいったわけではないのですが、東住吉方面に所用で向う際、通りすがりに撮ってみました。
 

2012年04月07日

昭和7年のビルの谷間

アメリカでエンパイア・ステート・ビルディングが建てられたのが1931年、昭和6年です。
我が国にはまだまだそんな高い建物はなかったのですが、それでも都市部には次々と重厚な造りのビルが建てられ、都会的な風景を見せていたようですね。

そんな昭和7年のアサヒグラフから「都会の谷底」という記事です。

都会の谷底01
整理ヶ島
流れの中に飛び出た交通整理の島だ、谷合でもここは先ず安全地帯である、島の主が人も車もほどよく流してくれる。(日本橋室町にて)

都会の谷底02
谷底からのびる
平行線を描いてくぐり抜けている煙突、ビル街では珍しい煙突のある風景だ、丁度谷底から不遠慮にのびた大木に似ている。(丸の内ビル街)

都会の谷底04
崖下風景
ビルの裏口は恰も崖下の舟つき場の感じだ、車のつながり今にも乗客が崖口から下りて来そうだ。(日本橋室町裏通り)

都会の谷底03
底に働く男
ビルの人達の足元ばかりを目ざとく気にかける靴屋、これが本当に底で底らしい仕事をする男だろう(丸の内にて)

都会の谷底05クリックで拡大
人間の流れ
魚でもない、木の葉でもない、谷底に流れるのは人間と車だけだ、そして響いてくるものは水音に似つかぬ都会の騒音だけである。(銀座交差点服部時計店屋上から)

都会の谷底06

これは別の記事にあった写真、最初の写真の右側にあった建物ですね。
日本橋の三井本館。

写真の撮り方もあるのでしょうが、現在の雑然としたビル街の風景とはちがう雰囲気がありますね。
なんだか異国のようにも見えます。
裏道などはちょいと迷い込んでみたくなったりして。


三井本館

現在の三井本館

アサヒグラフ 昭和7年12月14日「都会の谷底」
  同    昭和6年11月4日「窪川いね子氏と東京を歩く」より
 
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2012年04月03日

背景と音楽とご挨拶 -Flash-

さて、Flash動画「歩く人」
第三回は、前回ヒザを曲げた動画に、移動する背景を付けまして、さらにBGMも入れてみました。
そして、年度始めの更新でもありますので、ご挨拶も入れてみました。
これはテキスト読み上げソフトというものを使いましたが、何を言ってるかわからないかもしれませんので文字も入れておきました。


Walkman3

それから、Flashが見れない環境のためにMP4版も用意しましたよ。
iPhone iPad用ということですけど、まあそこまでして見てもらう程の物でもないんですけどね。
これは逆にPC上ではSafari、Chrome以外では見れないと思います。

>MP4で見る。


ネット上の動画扱いは色々とヤヤコシイですね。
最新の状況も把握していないし、検証も出来ないので、私の所などはまあいいかげんにやっているので、見れない人はごめんなさいね。

どうせたいしたモノじゃないし。


というわけで、今年度も皆さんは大活躍してくださいませ。
私ですか、私はまあこのままで。絵文字02
 

2012年03月29日

70年代日本SF(4)

さて、70年代日本SFの文庫本を掘り返してカバーイラストを見る。
今回は「光瀬 龍」の巻です。

なぜ光瀬龍かというと、特に理由はないのですが、強いて言えば、とてもSFらしいSF、という事になるでしょうか。

ハヤカワ文庫JAシリーズにおいても、小松左京、星新一に次いで3冊目に「たそがれに還る」が刊行されています。

うちにあった一番古いのは、JAシリーズ6冊目に出たこの本でした。

百億の昼と千億の夜
「百億の昼と千億の夜」
ハヤカワ文庫JA 1973年4月15日(日付は初版発行日)400円(価格は出版当時)

著者の代表作とも言える長編ですが、例によって内容は忘れています。
小説の話ではなく装丁の話という事で。

カバーイラストは金森達(かなもり とおる)氏。


カナン5100年
「カナン5100年」
 ハヤカワ文庫JA 1974年4月10日 320円
カバー 金森達

東キャナル市もの、光瀬版宇宙年代記、ハード、好きな人にはたまらない。
ということですが、実は私はそんなにハード派ではなかったのでした。

金森達氏は60〜70年代を代表するSFイラストの巨匠ですね。
上の2冊は、絵具を盛り上げるように乗せて、無作為な形状を作る、という抽象的な技法で、内容である宇宙の辺境の未知なるもの、あるいは長大な歴史の深遠なる流れ、的なイメージを表現、みたいな感じでしょうか。

本来の金森氏は、実に60年代的な、解りやすくてカッコイイSFイラストを描いていた人です。


喪われた都市の記録
「喪われた都市の記録」
ハヤカワ文庫JA 1976年2月22日 580円

ね、カッコイイ。
これは金森氏の画集の表紙にも使われている、氏の代表作と言えるのかもしれません。
「喪われた都市の記録」としては、初出版のハードカバーから使われているイラストです。

570ページある分厚い文庫。
内容は、やっぱり全然覚えていませんが、目次を見ていると物凄く面白そうです。

ところで、この本は570ページで580円。
「カナン5100年」は310ページで320円。
「百億の昼と千億の夜」は400ページで400円です。
この時期のハヤカワ文庫は1ページ1円見当だったんでしょうかね。


さて光瀬龍氏にはこのような宇宙ハードSFの他に、時代時空SFとでもいうべきシリーズがありまして、私はどちらかというとそっちの方がお気に入りでした。

寛永無明剣
「寛永無明剣」
ハヤカワ文庫SF 1973年12月10日 320円
カバーイラスト 石井三春

時空間移動が可能になった未来、時空犯罪者から歴史を守るために活躍する時間管理局江戸時代支部、みたいな感じの話だったと思うんですけど。

私はSF小説も好き、時代小説も好き、という小説読みだったので、一冊で二度美味しいというシリーズだったわけです。

石井三春という人は、これも60〜70年代にSFやジュブナイル作品の挿絵などを多く手掛けた人、だと思うのですが、あまり記録が無いのですね。

現代的な絵ももちろん描いていたようですが、このシリーズでは特に日本画的技法と確かな時代ディテールにより、ただでさえカッチリとした光瀬龍の江戸時代描写にイメージ面からも大いに貢献している、というわけです。
こういう小説は時代描写にリアリティーがあった方が一方のSF部分とのコントラストといいますか、ギャップの楽しみといいますか、そういう面白さが生きてくるなあと思いましたね。

寛永無明剣 挿絵
寛永無明剣 挿絵

歌麿さま参る 挿絵
歌麿さま参る 挿絵

この小説シリーズとこの装丁挿画の組み合わせは、誰が考えたのか知りませんが、実に絶妙、個人的には大好きですね。
今回はこれが言いたかったのか。


多聞寺討伐
「多聞寺討伐」
ハヤカワ文庫JA 1974年6月10日 250円

復讐の道標
「復讐の道標」
ハヤカワ文庫JA 1975年4月10日 220円

歌麿(うた)さま参る
「歌麿(うた)さま参る」
ハヤカワ文庫JA 1976年5月20日 290円

征東都督府
「征東都督府」
ハヤカワ文庫JA 1977年11月10日 380円
これは挿絵なし


現在書店で買える光瀬龍の文庫本は思ったより少ないようですね。
古書にてこのシリーズを探す折は、ぜひ石井挿画のあるものをオススメします。


関連記事:
70年代日本SF(小松左京の巻)
70年代日本SF(星新一の巻)
70年代日本SF(筒井康隆の巻)
 

2012年03月21日

昭和6年のラヂオ

さて、これは昭和6年に発売されました松下電器のラジオ第一号、3球1号型受信機(Rー31)だそうです。

3球1号型受信機(Rー31)

当時の東京中央放送局(現NHK)によるラジオセットコンクールで一等に当選したもので「当選号」なんて名前で売り出されたんだとか、なかなかカッコイイですね。

で、以前に「ナショ文字」の記事を作った時にいろいろ検索していて見つけたんですが、パナソニックのサイトに「キッズスクール」というコーナーがありまして、そこでナショナル家電のペーパークラフトの型紙がダウンロードできるんです、懐かしい白黒テレビや炊飯器などといっしょに、この第一号ラジオもありました。

Kids School ペーパークラフト教室
「キッズスクール・ごとうけい先生のペーパークラフト教室」


そして作ってみました「當選号」。

当選号ペーパークラフト前

どうでしょうか、真面目に取り組んだんですが。
「キッズスクール・ペーパークラフト教室」のわりには結構細かい作業でした、大丈夫でしょうかキッズ達。


当選号ペーパークラフト裏

私か不器用なだけなのか?
まずいな、ナカコズクラフトなのに。
カメラしょぼいしっ。


ところで、昭和6年のラジオとは、どんな番組を放送していたのでしょうか。
ちょうどこの年の大晦日のラジオ欄の画像がありましたので載せておきますよ。

1931年12月31日のラジオ
クリックで拡大

七時半からは「忘年演芸会」トリは二村定一の「ジャズ小唄」だって、何を歌ったんでしょうね。
大晦日と言えば「紅白歌合戦」ですが、それは戦後の話、でも除夜の鐘の中継はやってますね、生中継って事でしょうね、全国に生で善光寺の鐘の音を届けたという事ですよね、なかなかやりますね昭和6年。

:追記
二村定一が「忘年演芸会」で歌ったのは、
「巴里見物」「日本橋から」「モンパパ」
の3曲だそうです。
もうりさんからコメントで情報をいただきました(あの毛利眞人!)
詳細はコメント欄をご覧下さい。


じゃ広告で〆。

ナショナルR-31広告
「週刊朝日」昭和7年2月21日号より

というような事でした。
 
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